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※1 福島イノベーション・コースト構想東日本大震災、福島第一原発の事故で失われた、浜通り地域を中心とした産業を回復するため、新たな産業の構築を目指す国家プロジェクト。「廃炉」「ロボット・ドローン」「エネルギー・環境・リサイクル」「農林水産業」「医療関連」「航空宇宙」といった分野のプロジェクトを推進する。漁船から望む、福島第一原子力発電所。今もなお、一般人が気軽に近づくことはできない場所だ。 避難地域だったところにも、少しずつ人は戻っているけれど、高齢者が多く、若い人は少ない。移住者を増やす施策を進めている自治体もありますが、産業がないことが問題となっています。国では“福島イノベーション・コースト構想(※1)”というプロジェクトを打ち出して、新しい産業を呼び込もうとしていますが、その重点分野は廃炉産業だったりします。ロボットやドローン産業も呼び込まれていますが、これも廃炉作業と関連したものです。そもそも、産業がなかったから原発が誘致されたわけで、その原発が事故を起こしたわけですから、当然といえば当然なのでしょうか。 2017、18年頃は、まだ福島第二原発の廃炉は決まっていなかったのですが、地元から「廃炉にしないでほしい」という声も挙がっていたくらいです。それだけ、地元に産業がなく、原発の影響が大きかったということでしょう。原発に頼らない地域づくりのためには、なぜそこに原発ができたのか? というところから考え直す必要があると感じています。それは福島だけでなく、電気を送られていた東京の人たちも含めてです。 最近になって、原発の運転期間延長や新規増設を検討するという話も出てきました。「こんな事故が起きたのに、まだ原発に頼るのか」という声もありますが、原発のある土地に暮らす人たちは「40年で廃炉になってしまったら、その後どうすればいいのか?」とも考えるはずです。たとえば、福島第一原発がある双葉郡に住む人に話を聞いても、事故については批判しても、原発があったことを悪く言う人はいません。自分たちが、いかに原発によって生かされてきたかを理解しているからでしょう。 原発の再稼働についても、地元の人にむしろ賛成が多いというのも同じことだと思いますが、産業のない地域に原発を押し付けて、地元がそれを歓迎するというような社会構造でいいんだっけ? と問い直すことは必要だと思います。 原発を動かすうえで避けては通れない最終処分場の話も、県や地権者などはNOのスタンスですが、実際に取材などを通して多くの人の話を聞いていると、“結局、福島に押し付けられるのでは”という空気感も感じます。もちろん、それを公に言葉にする人はいませんが、結局どこも受け入れるところは出てこなくて、福島になってしまうのだろうという諦めのような空気感です。 取材をしていると、原発のある地域の人たちは原子力や放射線などに関する知識が豊富で、とても勉強していると感じます。それはおそらく、「知らないと暮らしていけない」という事情によるものでしょう。私は海や漁業の関係者への取材に力を入れていたのですが、今話題の“処理水”についても、トリチウムが多くの原発で海に放出されているものだということを、知らない人はいませんでした。彼らは「トリチウムが危険だから海に流すな」と言っているわけではないんですね。 処理水の問題は、2013年から話には出ていて、「タンクに貯めた水については海洋放出しない」という合意ができていたと漁業者は考えています。その55「地元が歓迎するなら原発を押し付けていい」という社会構造への疑問原発に「生かされてきた」ゆえの葛藤“処理水”の海洋放出に漁業者が反対する理由

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