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人が「社会的・心理的モラトリアム」と言っていますが、大人になる前に自分は何なのか? とか、社会はどうなっているのか? というようなことを考える余裕や時間があることを指します。斎藤(卒業生):そうですね。コロナ禍で大変ではありますが、貴重な時間を過ごしていると思っています。佐藤教授:高校を出てすぐ何らかの職業に就くこともいいのですが、すぐに仕事に結びつく訳ではないことを考え、試行錯誤する時間があることは大切なことだと思います。もちろん、今の大学は以前に比べると職業や企業との結びつきが強くなっているので、そのまま当てはまるわけではありませんが、自分が「アレをしてみたい」と思えば、いろいろなことができる場所ではあります。大学が何を学ぶ場所なのか? という点については、さまざまな考え方がありますが、私は“学びを遊ぶ場所”だと思っています。多くのことを学び、議論を重ねて面白いことができる。今はだいぶ変わっている面もありますが、日本社会の中ではいい意味で保守的で、大学はそういった文化を保存している場所でもあると思います。織田(高3):両親と、たまに進路の話をするんですが、「こういう職業に興味があって、大学か専門学校を考えている」と言った時、父に「全然違うことをやりたくなった時に、選び直しやすいのは大学のほうじゃないか」とアドバイスされたことが印象に残っています。音楽療法士という職業も、まだ絶対にそれになりたいと思っているわけではなく、目標があるとやりやすいという意味で興味を持っている感じなので、この先変わる可能性もあります。新井(教員):「好きを仕事にする」を過剰に良しとする傾向は、ちょっと危ないんですよね。高校生で「将来は絶対コレになる!」と、決めすぎなくてもいいと思っています。尺度がない中で、一歩先のことを考えなければいけない不安に背中を押されて、目標を決めてしまうこともあるでしょう。でも、自分に向いていることって、まだ学校の外にある社会をあまり知らない高校生の段階で把握するのは難しいことが多い。私だって高校生の時に、自分が英語の教員になるとは思ってもいませんでした。佐野(高2):うちは割と「大学は出ておいたほうがいい」「勉強した方がいい」と言ってくる両親なので、心配してくれているのは分かっていても、反発しちゃうことがあります。そもそも、勉強していない訳でもないのですけど。僕は自由の森を勉強だけで終わりにしたくないんです。もちろん学びの部分も大事にする。でも、行事とかにもちゃんと関わりたい。指定校推薦の制度を使ったっていい訳で、一般の受験だけが大学に行く方法ではない。それに大学ならどこでも良い訳でもない。佐藤教授:日本の大学生の大半は、高校を卒業してすぐに進学した人ですが、ヨーロッパなどでは必ずしもそうでなくて、ある程度ほかのことをしたり、時間を置いてから大学に行く人が多いんです。フィンランドでは大学生の平均年齢が26歳ですから、30歳を過ぎた大学生もごく普通にいます。もっとも、日本のような「年齢主義」ではなく、「学習目的を達成したら進級できる」という制度なので、そもそも高校を3年で卒業できる人が多くはないという事情もありますけどね。大学の選び方も、偏差値や学校名ではなく、「そこで何を学べるか?」 が基準になります。自分が学びたいことや、就きたい仕事に合わせて学部や学科を選ぶというやり方です。フィンランドにも有名な大学はあります。しかし、そこを出たというだけでいい企業に入れるわけでもなく、必ずそこで何を学んできたか? ということが問われます。斎藤(卒業生):今思い返してみると、私の場合は自由の森で広く自分が向き合いたいものを探して、大学の4年間はそれを職業に落とし込んでいく準備をしていたような感じで99議論を重ねて「学びを遊ぶ場所」。そんな文化を保存している、いい意味で保守的な場一歩先の自分は、変わることがあるそこで何を学べるか。日本ならではの事情

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