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後ご藤とう き幹み理科教員。専門は生物。入職17年目の中堅。高校1年を担任。教員研修プログラムで南米チリの日本人学校に出向した経験も。後藤:つまり、共に生きていくという信頼感を前提にして、お互いに対する意見を述べあい、それでより信頼を高めるということですか?西:いや、「一緒に生きよう」は前提じゃないんです。「思いきって話してみたら、賛否はともかく受けとめようとしてくれた」という体験が、一緒に生きようとする気持ちにつながるのであって、最初からその気持ちはないと思うんです。今はインターネットによって情報の多様化・個別化が進んで、好きな情報だけを取り入れ、それぞれの島宇宙で生きられる人類史上初の時代。無理して他者と一緒に生きる必要はないわけです。だから自由の森のように生身の人間がいて、考えが違っても意見を言いあえたり、一生懸命聞いてくれる環境がとても重要。僕は哲学屋だから「存在の承認」(※3) みたいな用語を使うけれど、「声に出せば自分の言葉は聞いてもらえる」という体験があり、クラスにもそういう雰囲気があって初めて「みんなにとって」を考える動機が生まれると思うんです。後藤:「なにを話してもどうせまともに反応してくれない」となったら、他者を思う動機はないですもんね。西:僕も学生時代に、ゼミのメンバーの生い立ちを少人数でひたすら聞くという経験をしました。当時は自分だけの価値観で世界をとらえていましたが、それぞれの人に人生や物語があるとわかってくると、自分が「みんなの中のひとり、one of them」として見えてきた。そうなると善か悪かで人を判断することがバカバカしくなった。僕は一人ひとりに奥行きがあって、それぞれ想いを抱えて生きてることをどこかで体感できないと、人は共存できないと思っています。「人権教育」とか上からいわれても建前じゃないですか。そうではなくて、一人ひとりがそれぞれに生きてるんだという体感を、対話や活動を通じて得ることがすごく大事なんだと思う。※3 存在の承認 / その人がどんな想いを持って生きているかを認め、尊重すること。西:先ほど使った、「島宇宙」という言葉から思い出したエピソードをひとつ。 NHK 放送文化研究所が『現代日本人の意識構造』という調査を 5 年に 1 回実施しています。最新の 2018 年の調査を見るとびっくりしますよ。今の生活全体に対して「満足している」と「どちらかといえば満足している」を合わせて何%ぐらいだと思います?これ、90%を超えています。古賀・後藤:えー!西:これはね、自分は不幸だとか不満があるって言えないんだろうと思っています。不満を認めて他人に言うこと自体がいやなんだろうなって。それから、別の設問を見るとすごく現在重視なんです。将来に向けてなにかをするより、現在の中に充足を探すという内向きなかんじ。島宇宙の中でなるべく未来は考えず、他人とほどほどのつきあいをして現在形で満足しようとする類型が浮かび上がってきます。古賀:最近、よく「推し」って言葉が聞こえてきますよね。それも、不安な将来より自分の好きな揺るぎない存在にお金や時間をつぎ込むことで「私ハッピー」と思い込み、不満や不幸を見ないようにしているんだと思います。後藤:今の子どもたちはデジタルネイティブで、生まれた時から島宇宙のある世界を生きています。コロナ禍でリアルな交流も少なくなった。この2つの要因がかけ合わさって、枠組みを決めるとか論破力みたいな考えが強化されている現状があるかと。この、今の閉塞感を破るにはどんな取り組みが有効ですか。西:意見を言っても笑われない、叩き出されないという安心空間を用意することについては、自由の森はうまくいっていると思うんです。そこをもう一歩踏み込んで、コロナ禍での生活なども含め、リスクを背負って怖くて言えなかったことを率直に語りあう場をつくってみてはどうでしょう。ていねいに聞いて受け取りあうその先に「その考えに至ったのには、そういう理由があるんだね」って、そんな気づきが出てきたら大成功。「じゃあ両方が気持ち良くいるにはどうしたらいいか」ってところまで発展すれば、なおすばらしいですよね。古賀:コロナに関しては生命や健康が脅かされる切迫感があるわけですが、その99認め合う空間を目指すとき、そこは最初から「一緒に生きよう」が前提ではないんです島宇宙から出て率直に尋ねる確かめる

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