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人数分の「私はこう思った」と出会う体験の中で言葉は外からやってくるものではない “読む・書く・聴く・話す”ことを通して、学びをつくっているという日本語科。高校1年の授業を例に挙げてみましょう。最初に取り掛かる課題は、“言葉でスケッチする”。目の前にある果物などを見て、言葉にしていくものです。文章をつくるのが苦手な人も取り組みやすく、「こう書けば正解」という絶対的な答えもありません。 生徒が書いた作品は、全部冊子にまとめてお互いに読み合います。「同じものや作品を見ていても、人によって見え方や表現方法が違う」ということを、実感する機会です。 「言葉は外からやってくるものではなく、誰にとっても自分の中から生まれてくるものだということを感じてもらいたい。全員の書いたものを見渡し、人数分の『私はこう感じた』と触れる中では、クラスメイトの意外な一面に出会ったり、自分の中からは生まれなかった表現を前にして、自身の考えを新たに深める機会になったりもします」(丹羽さん)。お互いの感想を読み合うことで「授業が動き出す」 「詩を読む」の授業で取り上げるのは、先ほどの「言葉スケッチ」よりも、受け取り手の感覚や体験によって、さらに読み方が多様になる詩の世界です。詩に触れることにハードルを感じている生徒も取り組みやすいよう、最初は短い詩を取り上げます。 まず初見の感想を書いてもらい、やはり全員で読み合うのですが、ここでますます自分とは違う読み方が無数にあることに気づきます。そして、ほかの人の読み方を知ることで自分の読み方も変化していくダイナミズムを体感し、読むことの面白さを学んでいくのです。 「教員が驚くほどユニークな読み方をする生徒もいます。そういう子の感想は、つい『ある正解』を求めてしまう子にとっても、いい刺激になるようですね」と話すのは、今年から日本語科の教員になった服部涼平さん。本文に書かれていないことまでイメージを膨らませて読み取る生徒がいても、それも読み方のひとつとして尊重されます。 そして、生徒たちはそうした経験を通して「自分なりの読み方でいいんだ」「何を書いても受け止めてくれる」というマインドを持って授業に取り組めるようになるといいます。 そんな、自由に表現と触れ合う空気が教室に広がった時——。 それが、“読む・書く・聴く・話す”ことを大切にした日本語科の授業が回り始める瞬間です。教員にも主体性が問われる授業空間 初見の感想を読み合い、対話を重ねたあとには、もう一度まとめの課題として自分の考えや読みを文章化します。このまとめの課題は、①下書きの状態で一度提出してもらう ②教員が客観的な視点でコメントを書き込む ③最終的な作品としてまとめるという手順を踏みます。 生徒と教員、どちらにとっても手間のかかる進め方ですが、とくに長らく「『〜だと思いました』というような定型文を書くことに慣れてしまっている生徒にとっては、自分の中から言葉が出てくるようにするのに必要な手順だと考えてい山口 大貴Yamaguchi Daiki日本語科土方 真知Hijikata Machi日本語科服部 涼平Hattori Ryohei日本語科丹羽 晶子Niwa Shoko日本語科8

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