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14渡邉さやか (自由の森学園 食生活部)記憶に遺のこる味 食堂で、「出汁」をとらない日はありません。お味噌汁も、うどんやお蕎麦のおつゆも、食堂では必ず出汁をとることから始めます。昆布は前日から水に浸けておき、朝から出汁をとるのです。 来る日も来る日も同じことを繰り返し、それが「食堂の味」となっていく。形には残らないけれど、卒業していくたくさんの生徒たちの身体には、確かに遺されていく「味」があるのです。 わたしが食生活部に入った頃、慣れないことが多いなか、一番苦労したのは「丁度良い火加減」を見つけることでした。とりわけ、出汁をとる時の火加減は味を大きく左右すると言われ、朝食の準備をしながら出汁をとることは、いつでもどきどきの出来事でした。 繰り返し訪れる「食べる」という営みにとって、作ることは誰にとってもなかなか大変なことだと思います。ですから、ごはん作りの「いい加減」はとても重要な要素です。日々作り続けているからこそ、自分の暮らしの中の「いい加減」を見つけることができるのかなと思います。「いい加減」は年を重ねることで培われるものかもしれません。 和食の料理人の世界では、安定して毎日おいしい出汁をとるには、三十年かかると言われているのだそうですが、それもまた和食の料理人たちが長い年月をかけて「良い加減」を見つけていくからなのでしょうね。 出汁は主役級の役目を果たしているはずなのに、いつでも脇役。だけど、なくてはならない存在です。お醤油や塩やお味噌など、調味料と合わさることで味の相乗効果を発揮し、和食ならではの滋味深く身体に沁み渡る味を生み出しています。 知らず知らずのうちに忘れてしまうのに、記憶の中に遺されていく味。いつだったか、心をホッとほぐしてくれたあの味は「出汁」だったのかな、と今になって思うのでした。

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