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99生き方と直結する表現を探して 折込広告の模写を発案した田上さんは、アウトサイダー・アート(※2)にヒントを求めました。 「生徒の中には、小学生の頃に親や教員からネガティブな評価を受け、美術に苦手意識を持ってしまった子がたくさんいると思うんです。私たちは、そういう子たちも置き去りにしたくない。だから誰しもに生き方と直結するような思いきった表現を、中学生の段階で体験してもらいたいと、いつも感じていたんです」。そんな思いを募らせていた田上さん。ある朝、コーヒーを飲みながらふと新聞に折り込まれたチラシに目を留めたといいます。 「これだ! って思いました。模写は多くの人がやりとげられる確率が高い手法。最後まで描いたという達成感を、誰もが持つことができるんです。模写といえば名作を真似することと思われがちですが、生活の中で日々消費され捨てられるものを描いてもらおうと思った。既存の美術への反逆精神もありましたけど、生徒たちはそんなこと関係なく夢中になっていきますね」。 「たまご99円」などと描かれた作品は、普段なにげなく見ているものに対して新鮮な驚きを与えてくれます。学習発表会や公開研究会などをきっかけに、多くの人の目に留まるように。今ではこの課題が始まると「これがやりたかったんだよね」と笑顔を見せる生徒もいるそうです。17歳のヒロシマを描く 昨年、こうした絵画体験の積み重ねから、生き方と直結する表現を自ら始める生徒がいました。 身近な人をひとり選んでインタビューし、自分のフィルターを通して絵にするという課題で、自分と同じ17歳で被爆した広島の女性を表現したいという生徒がいました。厳密にいえば、教員の想定にはなかった「身近な人」ですが、それは問題ではありません。 新井夏子さん。映画『この世界の片隅に』の大ファンで、セリフを暗唱できるだけでなく、セリフを英訳したり作品中の食事まで再現するなど、広島に対して並々ならぬ情熱を注いでいました。 新井さんは、女性が亡くなったときに着ていた麻のシャツを広島平和記念資料館の膨大なデータから見つけ、作品に反映しようと思い立ちます。シャツの柄で広島の地図を描き、爆心地にはボタンをあしらいました。 作品への想いを持って学外にも飛び出します。現地に赴き、原爆が投下された8時15分に女性が被爆した場所に立ったといいます。広島平和記念資料館の学芸員の方とも交流する中で、シャツの持ち主の弟さんが生存していることを知り、作品を見てもらう機会も得ました。選択講座「Study Abroad」では短期留学先のカナダで原爆についてのプレゼンテーションも行っています。 過去の人間を描くにあたって、担当教員の岡田さんは「シャツを着ていた17歳の女の子を通して、夏子はなにを表現するの?」と何度も話し合いました。 「もしかしたら17歳だしオシャレをしたかったかもねとか、もっと恋愛したかったかもねとか、いろんな話をしました。彼女は被爆者の遺留品の写真集を持っていたんですけど、花柄とかすごくきれいで、悲惨なできごとの中に人間のポジティブな部分を捉えようとする作品の可能性を感じました」。 新井さんは卒業後、広島市立大学に進学。いまも被爆者の絵を模写するなど原爆を追体験する活動を続けています。コロナ禍の「生きる」 2020年の学びは、新型コロナウイルス感染症の影響を受けざるをえませんでした。突然の臨時休校、そして緊急事態宣言。生徒を学園に迎えるには、2ヵ月あまりの時間を要しました。 休校期間中の制作について、美術科の教員たちは大いに議論しました。結果、日常の中にあるものからの発見。生き方に直結する表現※2 アウトサイダー・アート/主流から離れた芸術活動の総称。アール・ブリュットともいわれる。美術に関する教育を受けていない独学者や知的障害者などが既成概念にとらわれず自由に表現するものを指す。新井夏子さんが高校2年の時に制作した、被爆者の女性を表現した作品。

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