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自由の森学園のこれまで、今、これからのこと。
Jiyunomori Web Magazine
自由の森学園・考

音楽家 武義和さんに聞く、
自由の森学園の開学前夜〜開学、そして今

試みから営みへ

2021.12.27
2016 年 もりのあと 12 号
自由の森学園・考から抜粋、再編集し再掲
武義和さん

自由の森学園の設立に携わり、教員を経て、現在は理事の一員として学園を支える、音楽家の武義和さん。

立場を変えながらも、長らく学園を見つめてきた武さんに、自らの歩みを通して、学園のはじまりと今、そしてこれからの時代に学園の教育が果たすべき役割について、語っていただきました。

自由の森学園の始まり「寺子屋学園」

まず、私が自由の森学園に関わるようになった経緯をお話ししましょう。私自身は、山形県小国町にある、基督教独立学園(※1)というキリスト教の高校の出身です。冬は豪雪地帯となる山奥にある学校でした。その経験から、若い頃から、いつかは自然豊かな山里にあった母校のような学校の教師になりたい、と思っていたのです。

そんな思いをいだきつつ東京の音大を卒業した後、青山学院の聖歌隊の指導などを経て、農業高校に勤務したり、農業を通してアジア各地の人々と交流する場を作ったりしていました。その後、当時の明星学園(※2)小、中学校の校長であり、のちに自由の森学園の創設者となる遠藤豊さんに「新しい学校の構想があるから、ぜひそれを手伝ってほしい」と誘われたのです。1982年のことです。

その頃から、私と同じように遠藤さんの考えに賛同した人々でやっていた「寺子屋学園」というフリースクールの集いに出かけるようになりました。そこに集まっていたのが、のちの自由の森学園の創設メンバーになる人たちです。

※1 基督教独立学園高等学校
山形県小国町にある全寮制の普通科高校。キリスト教無教会主義の創設者・内村鑑三の伝道を受け継ぐ私塾を経て、1948年に設立された。

※2 学校法人明星学園
大正自由教育運動の流れを汲む教育で知られる、東京都三鷹市の学校法人。小学校中学校、高校を揃える。

「自由の森学園」命名の場で

ある日、寺子屋学園の集いの場で、新しい学校の名前が検討され始めました。いろいろな案が出たのですが、じつは当初、遠藤豊さんは「武蔵野学園がいい」と言われたんです。私たちは「それは、ちょっと平凡じゃないでしょうか」と、遠慮しながら、でもやんわりと反対して......。

集っていた人々からは、ほかにも思いのこもった名前が続々と提案されましたが、なかなか決まらなかったと記憶しています。何度も集って皆で考え続けて、いよいよ今日はもう決めなければならないというところで、当時明星学園の教員だった一ノ瀬さんがぽそっと言ったんです。「自由の森ってどうでしょうね」、と。

その当時、毎日新聞で「教育の森」というコーナーがあってなかなか良い内容だったので、それもみんなの念頭にあったのかもしれません。「いいね!」ということになって、名前が決まりました。この時、新しい学校は「自由」をテーマとする学校になったわけです。