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自由の森学園40周年

本誌の書評をいただきました

自由の森学園中学校・高等学校
40周年本に寄せて

平塚 眞樹
法政大学 教授
CiNii Research

この本を読んでいて驚かされるのは、生徒、卒業生、教職員、(元)保護者、応援団と、多岐にわたる書き手たちが、その多様な立場を越えて、さらにはその年代を越えて、驚くほど重なり合う言葉で、この学園を語っていることだ。そしてその言葉の重なりの最も厚い部分には、本書タイトルに表された言葉がある。

「安心と自由、信頼の学校づくり」

いかなる場合でも「教育」の営みには、必ずその場をつくった‘教える’者たちの意図(別名「建学の理念」)がある。そしてその「意図」が、‘学ぶ’者たちにそのまま受け取られることは決して無い。‘学ぶ’者たちは、皆それぞれの歴史や環境を生きてその場にたどり着くのであり、その1人ひとりの固有性uniquenessのいわば証として、「意図」と「理解」の間には、常にずれが生じる。

さらにその場が年を重ねていくと、‘教える’者たちも‘学ぶ’者たちも少しずつ入れ替わり、場の参加者の固有性はいっそう多層化、複雑化する。加えて、場を取り巻く社会状況も変わりゆくことで、その場の「意図」は、ますますもって試練に立たされる。こうして、時を重ねながら、いずれの学びの場においても、当初の「意図」は良くも悪くもずらされ、変わっていく、ものだろう。

が、この本にはそのようにさらりと言って説明できた気になれない、思わず凝視してしまう何かがある。ここに表されているのは、創立から40年、文字通り一筋縄でない試練に立たされ続けながら、この学園の「意図」が、ずらされながらもゆっくりと、根の深く太いものへと成熟してきた姿ではないだろうか。

「自由の森学園」はその創立に際して、教育現場を覆う競争原理や画一主義から自由な教育・学校の実現をめざしていたと思う。その「意図」はいまもって変わっていないだろうし、学園の関係者はその「意図」をもちろん認識、共有しているだろう。それゆえに興味深く思うのは、にもかかわらず本書で出会う学園の生徒や卒業生の多くが、「自由」という言葉を必ずしも直接使わずに、むしろ以下のような言葉を用いて、おそらくはこの場の「自由」を語り、描いているのだろうことだ。

・相手を認め、許すこと。それはきっと、この学校で私自身が(私のままで)認められ、そして許されたから(p.174)

・存在していることがうれしくて安心できるような空間(p.196)/ 無条件に自分の存在を認められる場所(p.197)

ただしその場は決して、ぬくぬくと温かい、わけではない。前者の言葉を卒業に際して語った生徒は、「多様な人びととともに生きるということは難しい」(p.172)とも痛切に述べている。他者を認め、受け入れることの難しさに日々打ちのめされながらも、でもその厳しさに踏みとどまり、ともに学びの場をつくろうとし続けられるのは、なぜか。それは後者の卒業生が表すように、まずもって自分自身が無条件にこの場に受け入れられ、言い換えれば自由な存在としてこの場に生きているという確かな喜びのようなものがあるからだろう。

生徒たちがこのように受けとめること、すなわち、ここに新たにやってきた人は誰でもまず無条件に受け入れようとする場の文化、合意、規範のようなものは、学園の創立時には無かったはずだ。「場」とは理念や意図を掲げただけでは現実化しない、時間をかけて、そこにいる全ての構成員の関わりでつくり続けていくしかない‘動態’だからだ。

競争原理や画一主義から自由な教育・学校の実現をめざしていくには、生徒も教職員も誰もが学びの場において自由であることが条件だ。しかしながら、1人ひとり異なる歴史と環境を生きた者同士が、相互の存在の自由を認め、受け入れ合いながら、学びの場をともにつくっていくことは、恐ろしく難しい。にもかかわらず、自由の森学園がこの40年、創設時に掲げた旗を降ろさずに学びの場づくりを続けてきた‘秘密’の一つは、ここにあるのではないか。

つまり、ここで学ぼうとしてやってきた人をまず無条件に喜びをもって受け入れようとする場を、構成員すべてで40年かけて、少しずつ、絵に描いた餅ではなく現実に、つくってきたことが、学園の旗を創立時以上にずっしり厚みのある丈夫なものにしてきたのではないか。

こんな風に書くと、そんなことは自由の森のように‘特別’な学校だからできるのであって……、と思うかもしれない。が、そんなことは決して無いはず。到底一筋縄でないが、同時にとてもシンプルな学びの場づくりだ。もしもそう思えなかったら、是非もっとゆっくりと、この学校の話を聞いてみて欲しい。

平塚眞樹(法政大学教員)

40th記念書籍