沿革・構成


 いま、こうした日本の教育情況のなかで、私たちが、これまでとはちがった新しい学校を創るという困難なしごとに踏みきったのは、こうした学校教育のありようを根底からとらえなおし、人間の本性に深く根ざした人間の教育をひらく学校を、この地上に現出させたいと希うからです。
 人間の子の人間として底知れない可能性をはらんでいる未成熟な子どもや、かけがえのない人生のいまを生きる若者たちが、人間として自らを生きるために欠くことのできない営みとしての教育、そうした教育から若者たちを遠ざけて、点とり競争と選別の機関になりさがっているいまの学校教育のありよう。
 かけがえのない個の人間として、それぞれ異質で多様な可能性を潜ませている若者たち、その若者たちの夢をうちこわし、早い時期に自分をあきらめさせ、規格化した知識の量を競わせて、想像力を枯渇させてしまっている教育のありよう。
 このような学校教育のありようを根底から変えて、ひとりひとりの若者たちが、ほんものの知識を形成的な方法で深く学びとり、高い表現をつくりだし、想像力を豊かにして、自立的な自由への意志を育てる教育を創る、そういう学校を誕生させることを強く決意したからです。そして、それが学校教育における子どもの不幸を救い、日本の学校教育に人間性、全体性をとりもどす契機になり、土台になることを希っているのです。
 ですから、こうした教育の展開は、既存の学校教育を貫く価値や支配原理を変えていったり、ちがった原理を対置したりして、改めてその緊張関係や二重性について視野をひろげていくことになるでしょう。これまでの学校教育は、何よりも効率性を軸とし、合理性や客観性、数量化、あるいは速さや正答主義、教授方法の限りないシステム化などを支配原理として展開されてきました。それが固い組織になってしまって、画一化し、硬直化して人間疎外を進行させているのです。
 こうした学校教育の画一化・硬直化を超えて、自由な発想や創造性をとりもどしていくには、効率性や速さや正答主義といった原理には、ゆっくりと待つことや誤答や試行錯誤のもつ価値を、点数や記号による計量化には文章による記述やプロフィル的な把握を、合理性や客観性にはファンタジーや想像性や即興性を、教授方法の規格化には教師の個性的な力量を、また固定化した知識の量やその蓄積に対する盲信には、体験や実在からの出発と生徒自身の思考による知識の形成と深い認識を、そして、能力や適性には願望や可能性という価値を対置したり、これらの二重性や緊張関係について視野をひろげていくことが必要だととらえているのです。それは、もともと教育というしごとが人間と人間との関係性によって成り立つものだからです。
 そうしたとりくみが、生徒と教師が共に深く学ぶ授業を創り、質の高い行事を創り、ものをつくる、育てる、他者にはたらきかけるなど、等身大の体験と豊かな人間的ふれあいの場をつくり、開かれた、せいいっぱいに学ぶ場としての学校をつくりだしていきます。
 このような開かれた学校のなかで、生徒たちが、教師と出会い、学問と出会い、作品と出会い、他者と出会い、自らを問いなおし、新しい視野を開き、自己を発見し、自立した自由へのはっきりとした意志をもつように成長していく。
 私共は、自由の森学園の創設に、そうした新しい教育の誕生をかけているのです。
 それが憲法26条の主文「すべて国民は、…その能力に応じて等しく教育を受ける権利を有する」とうたわれている、国民の教育を受ける権利にこたえる営みとしての学校教育の実質をつくることであるといってもよいでしょう。
 ですから新しい学園は、さし当り、まず中学校・高等学校を設け、そこで6ヶ年の一貫教育を行うことにしていますが、近い将釆に小学校を設け、大学を設けることも構想にいれています。ともあれ、人間の本性に根ざし、二十一世紀という人類がかって経験しなかったような新しい状況に直面して生きる若者たちを育てる教育の出現は、いま心ある親なら誰も希っていることでしょう。そして、それは私立学校として自由な市民の手でつくりだされ発展させられるべきものだと考えるのです。
 心ある多くの人の賛同と援助をお願いしたい。

  昭和59年4月1日 

 自由の森学園設立委員会 
 代表 遠 藤  豊