
もともと体育祭を立てようとしか考えてなかった。
それを思ったのは高2の終わりかな。高3が卒業する頃に思っていた。そして高3になり、体育祭の時期を迎えた。行事を立てたいと思ってきた頃、同じく体育祭を立てようと考える人が声をかけてきた。それは高3始まってすぐだった。そしてまず高3だけで話をし、まずは空気作りからやろうということになり、校内に張り紙をした。それからも高3で話をして、中学のトップである中3も一緒に話をするべきということになった。全校でやるから、自分たち高校だけではない。中学をどう巻き込むかも課題になってくる。それから 中3を交えて話をした。中1にはどう伝えるか。高1に伝えることは高3で話をして中1よりも先に伝えた。高1は中学からいる子がいるから、その子たちにも教えてもらうことができる。でも中1の子は皆初めての事。だから、中3の人たちと話をし、伝え方を決め、中3と一緒に伝えた。それが終わってすぐに「体育祭立ち上げの話し合い」を立てた。その時、僕が話を進めた。「体育祭とはどういうものか」「どうしたいか」「やりたい」…という話をした。その場で立ち上がった。次からは実行委員会だ。
一回目の実行委員会は、実行委員会とは? とか、本部というものの説明。やはり一回目は大事にやっていかないとわからなくなると思った。
話は戻ってしまうが、僕が実行委員長になったわけ。
先にも言ったが、もともとは実行委員長をやるつもりはなかった。ただ体育祭がやりたかった。そして係会。審判係をやりたかった。だけど、ちょっとやってみようかなという思いもあった。実行委員長には抵抗はあったが、皆からの後押しと、実行委員長を決める時に高1が出たことがダメ押しとなった。
実行委員長は何をやるか全くわからなかった。実行委員長が何をしていたなんて知らなかったから。企画係に入ることくらいかな…と思ったりしていた。係会も始まった。実際、企画には企画の係長がいる。僕はその係の長ではない。ハッキリ言って実行委員長はこれをしなければならない…という仕事はないものだと思った。仕事がない。
行き止まった感じだった。だけど、去年の高3の人の話を友だちから聞いた。その人はウロウロしていたらしい。その話を聞き、実行委員長として全係の状況を把握しようと思った。それは、係会の後の本部会だけでは無理なもので、本部会に出てくるのは結果だけだけど、係会を見れば状況がわかる。だから、係会をやっている時間、僕はいろいろな教室をウロウロしていた。企画の一員である上、実行委員長としての自分なりの動き、この二つができた。やはり、周りの高3の人たちのおかげ。そういう人たちと一緒にやっていった。もちろん団長とも。
僕が一番ひっかかったのが、全体(全校)を巻き込む…というか、投げかける事ができなかった。でも、各色には団長がいるから、まだよかった。本部会に固まってしまったというか、内側しか見れていなかったかなと思う。やはり「全体」を見る、把握するのが実行委員長だと思った。
体育祭が終わって思ったこと。「終わってよかった」ってすごく思った。確かに楽しかった。だけど、終わった安心感の方が強かった。
実行委員長 高3 鈴 木 悠 翔



行事があると、人と関わる機会が増えるから友だちも増えるし、いろいろな考え方とかにも出会えます。そういうことが僕はすごく好きです。
企画係・係長 高3 勝部 晃


